彼方(読み)アチラ

デジタル大辞泉 「彼方」の意味・読み・例文・類語

あち‐ら【方】

[代]
遠称の指示代名詞話し手・聞き手から離れた方向・場所・物をさす。
㋐あの方向。むこう。「皆さま、彼方をごらんください」「彼方からだれか来る」
㋑遠く離れた場所。外国、特に、欧米諸国。「彼方には五年ほどおりました」「彼方仕込みの流暢りゅうちょうな英語」
㋒あの物。あれ。「それとも彼方になさいますか」
三人称人代名詞。あの人。あのかた。「彼方の御都合を伺ってから決めます」「彼方がお父さまですか」
[類語](1㋐)こちらこっちそちらそっちあっちかなた向こう彼処あそこ/(1㋑)西洋欧米泰西たいせい西欧欧州西方南蛮なんばんヨーロッパ/(2彼氏彼女此奴こやつこいつ其奴そやつそいつ彼奴かやつきゃつあいつやつやっこさんこの方この人その方その人あの方あの人

あ‐な‐た【方】

[代]
遠称の指示代名詞。
㋐離れた場所・方向などをさす。向こう。あちら。
「山の―の空遠く」〈上田敏訳・海潮音・山のあなた〉
「北の障子の―に人の気配するを」〈・帚木〉
㋑以前。昔。
「昨日今日とおぼすほどに、三年みとせの―にもなりにける世かな」〈・朝顔〉
三人称の人代名詞。対等または上位者に用いる。あちらのかた。あのかた。
「―にも語らひのたまひければ」〈藤裏葉
[補説]1㋐から2を経て、近世中期に上位者に用いる二人称人代名詞「あなた(貴方)」の用法が生まれた。
[類語]向こうあちらあっち彼方かなたこちらこっちそちらそっち彼岸

か‐な‐た【方】

[代]遠称の指示代名詞。
話し手・聞き手の双方から離れた場所・方向をさす。また、現在から遠く離れた過去・未来を示す。あちら。あっち。「彼方の山」「忘却の彼方
ある物に隔てられて見えない場所・側などをさす。向こうがわ。「山の彼方」「海の彼方の国」
[補説]書名別項。→彼方
[類語]向こうこちら此処こここっちそちらそっちあっちあちら彼処あそこ

あっ‐ち【方】

[代]《「あち」の音変化》遠称の指示代名詞。「あちら」よりもくだけた感じの語。「彼方を見てごらん」
[類語]こちら此処こここっちそちらそっちあちらかなた向こう彼処あそこ

かなた【彼方】[書名]

《原題、〈フランスLà-basユイスマンス長編小説。1891年刊行。悪魔主義を題材としている。

あ‐ち【方】

[代]遠称の指示代名詞。あっち。あちら。
「畠主、―へまはり、こちへまはりして」〈虎明狂・竹の子

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「彼方」の意味・読み・例文・類語

あ‐な‐た【彼方・貴方】

  1. 〘 代名詞詞 〙
  2. [ 一 ] 他称。話し手、聞き手両者から離れた方向、時、人などを指し示す(遠称)。かなた。
    1. あちら。向こうのほう。
      1. [初出の実例]「冬ながらそらより花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ〈清原深養父〉」(出典:古今和歌集(905‐914)冬・三三〇)
      2. 「あなたの玉章(たまづさ)こなたの文(ふみ)」(出典:謡曲・卒都婆小町(1384頃))
    2. 以前。過去。
      1. [初出の実例]「昨夜(よべ)も、昨日の夜も、そがあなたの夜も」(出典:枕草子(10C終)二九二)
    3. 未来。
      1. [初出の実例]「目の前に見えぬあなたの事はおぼつかなくこそ思ひわたりつれ」(出典:源氏物語(1001‐14頃)若菜上)
    4. あのかた。あちらの人。対等または上位者に対して用いた。
      1. [初出の実例]「いなや、この落窪の君のあなたにの給ふことに従はず、あしかんなるはなぞ」(出典:落窪物語(10C後)一)
      2. 「なんとしてぞ、此文をあなたへとどけずはなるまいが、どうしてよからふな」(出典:虎明本狂言・文荷(室町末‐近世初))
  3. [ 二 ] 対称。対等または上位者に用いた。宝暦(一七五一‐六四)頃から用例が見られる。貴男、貴女などとも書く。現在では、対等あるいは下位の者に用い、また、妻が夫に対して用いることもある。
    1. [初出の実例]「あられもない所はお免なされ升ふ、殿さま、どふぞあなたのお取なしで」(出典:歌舞伎・傾城天の羽衣(1753)序幕)
    2. 「『何故貴君(アナタ)今夜に限ってさう遠慮なさるの』『デモ貴嬢(アナタ)お一人っ切りぢゃア』」(出典:浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉一)

彼方の語誌

上代に遠称として離れた場所・方向・時・人などを表わした「かれ」「かなた」などに替わって中古から用いられた。


あっ‐ち【彼方】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「あち(彼方)」の変化した語 )
  2. 他称。話し手、聞き手から離れた方向などを指し示す(遠称)。また、二つの物のうち、話し手、聞き手から遠い方の物を指す。
    1. [初出の実例]「大雨水両涯漫々としてあっちのきしの馬牛不可弁也」(出典:杜詩続翠抄(1439頃)二)
    2. 「まだそこにおるか。あっちへうせおれ」(出典:虎明本狂言・末広がり(室町末‐近世初))
  3. 名詞的用法。
    1. (イ) 冥土(めいど)あの世
      1. [初出の実例]「十に八九は冥土(アッチ)の者」(出典:歌舞伎籠釣瓶花街酔醒(1888)四)
    2. (ロ) 遊里。
      1. [初出の実例]「あれが里(アッチ)の癖だアナ」(出典:人情本・英対暖語(1838)初)
    3. (ハ) 外国。
      1. [初出の実例]「いにしへ安部仲麿は、古里の月を、おもひふかくは読れしに、我はまた、あっちの月、思ひやりつると」(出典:浮世草子・好色一代男(1682)八)

あち‐ら【彼方】

  1. 〘 代名詞詞 〙
  2. [ 一 ]
    1. 他称。話し手、聞き手両者から離れた方向、場所を指し示す(遠称)。また、二つのもののうち、話し手、聞き手から遠いほうを指す。
      1. [初出の実例]「死して為隣とよむか。又死を為隣の心か。となりはあちらなり。死せうすことがちかいと云心か」(出典:玉塵抄(1563)二四)
    2. 他称。話し手、聞き手両者から離れた人を指し示す(遠称)。
      1. [初出の実例]「兄(あに)さん、其三味線箱、あちらへ上げてくんなんし」(出典:洒落本遊子方言(1770)霄の程)
  3. [ 二 ] 名詞的用法。外国、特に欧米を指す。
    1. [初出の実例]「万民を救護さるる、神聖なる人だと西土(アチラ)書籍(ほん)に記してあるといはれました」(出典:開化のはなし(1879)〈辻弘想〉初)

か‐な‐た【彼方】

  1. 〘 代名詞詞 〙
  2. 他称。話し手、相手両者から離れた方向を指し示す(遠称)。また、現在を起点として過去・未来の時間を示す。
    1. [初出の実例]「今より以往(カナタ)は永に復作らずして当来に所有(あらえ)む罪障を防護せむ」(出典:地蔵十輪経元慶七年点(883)七)
    2. 「かなたの庭に大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが」(出典:徒然草(1331頃)一一)
  3. 他称。物に隔てられて見えない側を指し示す(遠称)。むこう側。
    1. [初出の実例]「箭を放つ、鹿の右の腹より彼方(かなた)に鷹胯を射通しつ」(出典:今昔物語集(1120頃か)一九)

あ‐ち【彼方】

  1. 〘 代名詞詞 〙 他称。話し手、聞き手両者から離れた方向を指し示す(遠称)。また、二つのもののうち、話し手、聞き手両者から遠い方。あちら。あっち。⇔こち
    1. [初出の実例]「〈本〉安知(アチ)の山背山、〈末〉背山や背山」(出典:神楽歌(9C後)早歌)
    2. 「集(つど)ひたるものども、こち押し、あち押し、ひしめきあひたり」(出典:宇治拾遺物語(1221頃)一一)

あっ‐ちゃ【彼方】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「あちら(彼方)」の変化した語 ) 他称。話し手、聞き手両者から離れた方向などを指し示す、近世上方の語(遠称)。
    1. [初出の実例]「浜中はすっきりあっちゃ贔屓(びいき)なり」(出典:雑俳・銭ごま(1706))

あの‐かた【彼方】

  1. 〘 代名詞詞 〙 他称。話し手、聞き手両者から離れた人を指し示す(遠称)。上位者に用いる。〔日葡辞書(1603‐04)〕
    1. [初出の実例]「全体あの方は洋行なすった事があるのですかな」(出典:吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉二)

あっち‐ら【彼方】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「あちら(彼方)」の変化した語 ) 他称。話し手、聞き手両者から離れた方向などを指し示す(遠称)。
    1. [初出の実例]「歩めや歩め、歩まにゃならぬ、あっちらな、こっちらな」(出典:歌謡・松の葉(1703)三・馬方)

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

今日のキーワード

メタン

化学式 CH4 。最も簡単なメタン系炭化水素で,天然ガスの主成分をなしている。また石炭ガスにも 25~30%含まれる。有機物の分解,たとえばセルロースの腐敗,発酵の際に生成され,沼気ともいわれる。また...

メタンの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android