大夫(読み)タユウ

デジタル大辞泉 「大夫」の意味・読み・例文・類語

たゆう〔タイフ〕【夫/夫】

たいふ(大夫)1
神主禰宜ねぎなどの神職の称。たいふ。
御師おしの称。
芸能をもって神事に奉仕する者の称号。
猿楽座の座長。江戸時代以降は、観世金春こんぱる宝生金剛の四座の家元をさして、観世太夫などという。古くは能のシテ役をさした。
説経節および義太夫節などの浄瑠璃系統の音曲の語り手。また、義太夫など、名前としても使う。
歌舞伎で、立女形たておやまの敬称。
近世後期、大道芸門付け芸などの芸人の称号。万歳の太夫など。
官許の遊女のうち最上位。松の位。

たい‐ふ【大夫】

中国、代の職名。けいの下、の上。
律令制で、一位以下五位までの者の称。また特に、五位の通称。
伊勢神宮の神職。五位の位をもつ権禰宜ごんねぎ
江戸時代、大名の家老を敬っていう語。
の別名。→大夫たゆう

だい‐ぶ【大夫】

律令制で、しきおよびの長官。「右京大夫」「東宮大夫

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精選版 日本国語大辞典 「大夫」の意味・読み・例文・類語

たい‐ふ【大夫】

  1. 〘 名詞 〙
  2. [ 一 ] 中国での官位の呼称。
    1. 周代の職名。卿(けい)の下、士の上に位する執政官で、上大夫、中大夫、下大夫の三等に分かれる。秦、漢以後も御史大夫、光祿大夫などの官名があるが、周代の制とは異なる。
      1. [初出の実例]「時の王侯貴人公卿大夫媒妁を求め、婚礼を厚くして、夫婦たらんことを望しか共」(出典:太平記(14C後)三七)
      2. [その他の文献]〔孟子‐梁恵王・上〕
    2. 秦・漢代の爵位の名。
      1. [初出の実例]「将效貞心遠、大夫此地停」(出典:菅家文草(900頃)二・小松)
      2. 「尤秦の始皇帝が松に太夫(タイフ)の官をば与たが」(出典:滑稽本・浮世床(1813‐23)初)
    3. 官位のある者をいう。〔東方朔‐答客難〕
  3. [ 二 ] ( 秦の始皇帝が、泰山に登って雨にあい、松の下に雨やどりしてこれに[ 一 ]の爵位を与えたという「史記‐封禅書」に見える故事から ) 植物「まつ(松)」の異名。
    1. [初出の実例]「聞暁風吹老大夫、冷々恰似珊瑚」(出典:菅家文草(900頃)四・老松風)
    2. [その他の文献]〔李嶠‐松詩〕
  4. [ 三 ] 日本での地位の呼称。
    1. 古く天皇・大王の御前に祗候(しこう)する臣下の称。また、その主だった者。大化前代、大臣・大連に次ぐ議政官。まえつぎみ。まうちぎみ。まちぎみ。
      1. [初出の実例]「上宮時巨勢三杖大夫歌」(出典:知恩院本上宮聖徳法王帝説(917‐1050頃か))
    2. 令制で、一位から五位までの人の尊称。また、一位から五位までの総称。
      1. [初出の実例]「司及中国以下。五位称大夫。〈謂。一位以下。通用此称〉」(出典:令義解(718)公式)
    3. 公卿(くぎょう)(=一・二・三位)の次位。四位と五位の総称。
      1. [初出の実例]「冝親王諸王公卿大夫百寮在一レ位、同慶斯瑞」(出典:続日本紀‐養老七年(723)一〇月乙卯)
    4. 五位の通称。また、尊称。例えば無官大夫は五位であって現職のない者、民部大夫は民部省の丞(じょう)で五位の者。
      1. [初出の実例]「大夫 よべのいとおぼつかなきを、御門のへむにて、御けしきもきかむとて、物すれば」(出典:蜻蛉日記(974頃)中)
    5. 令制官司の職・坊の長官。→だいぶ
    6. 神主(かんぬし)、禰宜(ねぎ)など、神職の呼称。→たゆう
      1. [初出の実例]「四月祭の日、葵かづらいといつくしう、うるはしきさまにてねぎのたいふ、かんの殿の御かたにもて参りたり」(出典:宇津保物語(970‐999頃)楼上下)
    7. 神社の御師(おし)の称号。→たゆう
    8. ( 中国の諸侯・卿・大夫・士などになぞらえて ) 江戸時代、旗本をさしていう。
      1. [初出の実例]「代々の大君の御説よりして、諸侯・大夫をはじめ、おもひよることいひたらば、何をもて後のよを救ひなん」(出典:随筆・花月草紙(1818)二)
    9. 政治を行なう者。為政者。
      1. [初出の実例]「世之学士大夫、自以為至宝、而不実為邪説之所上レ誤也」(出典:語孟字義(1705)下)

大夫の語誌

( 1 )日本における「大夫」には官職を意味する場合と、位階をさす場合とがある。前者は職の長官の場合で「だいぶ」と読みならわしている(「だいぶ」は別項)。八省の次官の大輔(たいふ)と区別するためという。後者は、一位から五位に通ずる尊称ともされるが、三位以上が卿と称されるのに対して、四位・五位をさすことが多くなり、大夫が本来、尊称であるところから、五位の場合はとくに多用され、五位の別称ともなった。
( 2 )五位は貴族最下級であったが、門地のない地方武士などにとっては、これに叙爵し、大夫を称することが栄光を意味した。遊芸人、神職、遊女の主なる者が大夫を称するのもこれに類した事情からであったと考えられる。なお、位階の場合の仮名表記は「たいふ」で、現代発音では「たゆう」となる。


たゆうタイフ【大夫・太夫】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 官位の呼称。五位以上のものをさしていう。→たいふ。〔新板職原抄大全(1659)〕
  3. 神主(かんぬし)、禰宜(ねぎ)など、神職の呼称。→たいふ
    1. [初出の実例]「かむぬしのたゆふ殿こそとこたふ」(出典:尾州家本住吉(1221頃か)下)
  4. 神社の御師(おし)の称号。初め伊勢神宮の権禰宜家より起こり、権禰宜は五位に叙されていたところから出た称。のちには禰宜以下、自治体の長にまで広がった。明治期以後消滅。全国に檀那を持っていて、布教・祈祷・代参を行ない、また、檀那の参詣のときの宿舎を提供する。伊勢神宮、熊野神社のものが有名。
    1. [初出の実例]「昨日、大神宮権禰宜度会光倫〈号相鹿二郎大夫〉自本宮参着」(出典:吾妻鏡‐養和元年(1181)一〇月二〇日)
    2. 「道者の千五百二千三千いづれの太夫殿にても定りのもてなし」(出典:浮世草子・西鶴織留(1694)四)
  5. 広く日本の古典芸能の集団の長または主だった者に与えられた称号。能、狂言、浄瑠璃、歌舞伎などから、さらに広く大道芸、門付芸などの芸人にも用いられた。なお、能において、江戸時代には観世・金春・宝生・金剛の四座の家元に観世太夫、金春太夫のように用いられているが、新興の喜多流については喜多太夫の称号は用いられない。また、浄瑠璃では、語り手にのみ義太夫、加賀太夫のように用い、歌舞伎では、立女形(たておやま)および興行主を太夫と呼んだ。万歳では才蔵に対してシテをつとめるものをいう。
    1. [初出の実例]「伊賀大夫、六条大夫などいふ優れたる人どもあり」(出典:今鏡(1170)八)
  6. 漁師、船頭、人買いなどの頭格の者を呼ぶ称。
    1. [初出の実例]「大夫のすがたをみたまひてあれば」(出典:説経節・さんせう太夫(与七郎正本)(1640頃))
  7. 官許の遊女のうち最高級のもの。京の島原、大坂の新町、江戸の吉原などでいった。松の位。
    1. [初出の実例]「やがて揚屋の中二階に駈け上り、日比知音の大夫に逢ひて」(出典:仮名草子・浮世物語(1665頃)一)
  8. まつ(松)」の異称。→たいふ
    1. [初出の実例]「立ならぶ松は太夫(タユフ)ぞいせさくら〈光忠〉」(出典:俳諧・毛吹草(1638)五)
  9. たゆうさじき(大夫桟敷)」の略。
    1. [初出の実例]「太夫の三あたりに十七八のぼっとりとしたる娘」(出典:滑稽本・戯場粋言幕の外(1806)上)
  10. 男芸者。たいこ持ち。〔洒落本・深川大全(1833)〕

大夫の語誌

→「たいふ(大夫)」の語誌


だい‐ぶ【大夫】

  1. 〘 名詞 〙 ( 「たいふ」の変化した語 ) 令制官司の大膳職、左右京職、修理職中宮職および春宮坊の長官をいう場合のよみぐせ。〔令義解(718)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「大夫」の意味・わかりやすい解説

大夫 (たいふ)

もとは中国周代の官位として,卿(けい)の下,士の上の地位の名称。その後,中国歴朝における各種の官位の呼称となった(〈士大夫〉の項目参照)。日本でははじめ広く尊称として用いられ,令制以前には天皇の御前に侍して奏宣し,議政に参与した〈まへつぎみ〉にも〈大夫〉の字をあてた。令制では,一位以下五位以上を喚(め)す辞(ことば)として〈大夫〉の称を用いることを規定している。官職名でも中宮職・春宮坊・左右京職などの長官を大夫と称し,さらに大弁を〈長官弁〉とか〈弁大夫〉と称した例も記録に見える。ただ長官の場合は〈だいぶ〉と濁って読むのを故実とする。一方,三位以上を公卿と称する慣例が定着するとともに大夫は四位,五位の汎称となり,とくに五位の通称として広く用いられた。平安中期以降,官位相当制がくずれるに伴い,大外記・大史をはじめ八省の丞(じよう)や中宮職・春宮坊の進,近衛将監・衛門尉など,六位相当の官人が五位に昇る例が多くなり,官名に〈大夫〉を加えて称した。その場合,在官のまま五位に昇った者は,大夫外記・大夫史,あるいは大夫進・大夫将監・大夫尉など,大夫+官名の形をとり,それぞれの官の上首として重んぜられた。それに対し,五位に昇ってその官を去った者は,式部大夫・民部大夫,あるいは左近大夫・左衛門大夫など,官名+大夫の形をとり,蔵人(くろうど)も五位に昇って職を去った者は〈蔵人五位〉とか〈蔵人大夫〉と称して,五位蔵人と区別された。以上の用例は《枕草子》《今昔物語集》や諸記録に散見する。平安末期以降,売官売位の盛行に伴い,とくに栄爵(えいしやく)すなわち五位を買う者が多くなって,大夫の称は地方武士の間にまで広まった。また鎌倉時代末ごろ猿楽座の棟梁が従五位下の位を得て大夫と称してから,芸能の世界でも大夫が棟梁的地位を示す称となり,江戸時代には遊女の最上級者の呼称にまでなったが,その場合は〈たゆう〉と称するのを例とした。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大夫」の意味・わかりやすい解説

大夫
たいふ

古訓は「まへつきみ」。大化前後の時代に、大臣(おおおみ)、大連(おおむらじ)とともに朝政に参画し、また奏宣のことを行った官職。『日本書紀』の舒明(じょめい)即位前紀に、皇位継承に関する朝議に大夫が参加したことがみえ、また同前紀に「厳矛(いかしほこ)の中取りもてる事の如(ごと)くにして奏請する人等」とあるのは、天皇と臣下の間にたって中を取りもった大夫の職務をさしていったものと考えられる。律令(りつりょう)官制の整備に伴い、大夫の官職的な性格は失われ敬称化した。公式(くしき)令に、太政官(だいじょうかん)においては三位(さんみ)以上を大夫、寮以上においては四位を大夫、司(し)および中国以下においては五位以上を大夫と称する規定があるが、のちには五位の通称として大夫の語を用いるようになった。なお、中宮職(ちゅうぐうしき)、春宮坊(とうぐうぼう)、皇后宮職などの長官は「だいぶ」と読む。

[柳雄太郎]

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「大夫」の解説

大夫
たいふ

大化前代のマエツキミの系譜を引く令制の五位以上の官人。マエツキミは大臣(おおおみ)・大連(おおむらじ)の下位にあって国政に参画する地位もしくはそのような官人層を意味したから,三位以上の公卿に対して四位・五位を大夫と称する場合もあった。さらに公式令によれば,場所により三位以上または四位以上に限って用いられることもあった。のちには四位・五位とくに五位の称として固定し,六位官に任じられている官人が五位に叙された場合,大夫外記(げき)・大夫史などと称し,また叙位と同時にその官を去った場合には,式部大夫・蔵人(くろうど)大夫などと称した。のちには,神主・禰宜(ねぎ)などの神職,能楽などの芸能の座長・主役,また最上位の遊女まで大夫(太夫(たゆう))と称するようになった。


大夫
まえつきみ

古代,有力豪族の政治的地位をさした称号。6~7世紀においては,臣(おみ)・連(むらじ)姓をもつ畿内の有力豪族に与えられ,天皇への奏上や勅命下達,重要政務の合議を行った。推古朝の冠位十二階で大小の徳冠を与えられた階層にほぼ相当。律令制の形成とともに,大夫層は五位以上の位階を与えられる貴族官人に拡大・再編され,以後,大夫は五位以上ないし五位の官人の通称となった。

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百科事典マイペディア 「大夫」の意味・わかりやすい解説

大夫【たいふ】

(1)中国の周の職名。卿(けい)の下,士の上。(2)大和朝廷の豪族会議の議員。〈まえつぎみ〉とも読む。(3)〈だいぶ〉と読む。律令官制での中宮職(ちゅうぐうしき)や春宮坊(とうぐうぼう)などの長官。(4)律令官制で四,五位の通称。三位(さんみ)以上の公卿(くぎょう)に対する呼称。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大夫」の意味・わかりやすい解説

大夫
たいふ

もと中国古代の官位名。その後広く有位高官の者をいった。日本では,律令制下,中宮職,春宮 (とうぐう) 職,その他の各職の長官名をいい,「だいぶ」と呼んだ。また一位以下,五位以上の有位者を総じて大夫といったが,のち五位だけに用い,「たいふ」「たゆう」と呼んだ。

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旺文社世界史事典 三訂版 「大夫」の解説

大夫
たいふ

周代に王や諸侯に仕えた卿・大夫・士の家臣団のうち,第二の治者階級
世襲身分で,領地を与えられた。のち爵位の名となり,御史大夫などの官名として残った。

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普及版 字通 「大夫」の読み・字形・画数・意味

【大夫】たいふ

部課の長。

字通「大」の項目を見る

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「大夫」の解説

大夫(たいふ)

卿(けい)・大夫(たいふ)・士(し)

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世界大百科事典(旧版)内の大夫の言及

【大夫】より

…もとは中国周代の官位として,卿(けい)の下,士の上の地位の名称。その後,中国歴朝における各種の官位の呼称となった(〈士大夫〉の項目参照)。日本でははじめ広く尊称として用いられ,令制以前には天皇の御前に侍して奏宣し,議政に参与した〈まへつぎみ〉にも〈大夫〉の字をあてた。…

【太夫】より

…一部芸能者の称号。大夫とも書く。元来は中国における五位にならって,日本でも五位の官人が芸能・儀式をとりしきるならわしが古代にあった。…

【大夫】より

…もとは中国周代の官位として,卿(けい)の下,士の上の地位の名称。その後,中国歴朝における各種の官位の呼称となった(〈士大夫〉の項目参照)。日本でははじめ広く尊称として用いられ,令制以前には天皇の御前に侍して奏宣し,議政に参与した〈まへつぎみ〉にも〈大夫〉の字をあてた。…

【春秋戦国時代】より

…これ以後,歴史は楚を中心とする南と,晋を中心とする北との対立の形勢となり,両強国の間にあった諸国は,2国の抗争に巻き込まれ,戦いに明け暮れた。しかも諸国の内部では身分制が崩れて内乱が頻発したため,しだいに平和を求める声があり,前546年に宋の都で晋・楚など10ヵ国の大夫が集まり和平の誓いがなされ,10余年の平和が保たれた。この間,2国はそれぞれ諸国を集めて会盟を行い,しだいに国家連合が形成され,統一国家への気運が出はじめた。…

※「大夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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